退転者

実は、私とそう遠くないところで出ていた。
女性に対する歪んだ見方が、愚癡になってでていたり、嫌いな相手に対して言葉を荒げたりする傾向があったのは、聞いていた。脱会届を出していながら、一部の人物に対してそうでないように装うなど行動に解離性が最近出ていたりもした。どういった経緯で、鬱病になったかも把握できている。

不思議なくらい、自分の狭い枠の中でしか考えない、それ以外の考えを受け入れられない頑迷なところなどが、非常に目をつく。親子分関係を作りたがる癖、自己顕示欲の強さ、女癖の悪さ、女性に対する歪んだ見方など、根本的に生命も、認知の仕方も歪んでいることを改めて実感するものだ。祈りがないのは言うまでもない。引越の際、聖教新聞を取らない、御本尊不敬をしていた形跡があることも確認されている。そして、「感謝している」といいながら、表情はうつつであり恨み顔であったと言う。すべてのことに感謝するのは大切だ。ここまで精神的に立ち直る過程で、非常に実感している。しかし、それは、言葉だけではいけない。心の底から出た言葉、振る舞いにならないと、周りに波及しない。きっかけは作り笑顔にならざるとしても、である。

いかにして、生命のよどみを、認知の歪みを解決していくか。縁も大事であるが、最終的にその人自身の自己変革とセルフ・コントロールに委ねられる。このことを深く思索する必要がありそうである。