グレの歌考察 その1

石田一志の著書、シェーンベルクの旅路を見ていくと、以下の特徴が見えてくる。
原作のヤコブセンの詩は、19篇。そして、9つの場面に分かれている、1-4.5.6-7,8,9と。ヤコブセンの脳裏には5幕9場のドラマが存在していたかもしれないとも。シェーンベルクは、7を独立させて短い第2部とし、第1部、第3部のコントラストを際立たせるという独特の分割を行った。
第1部のストーリーは、ヴァルデマールとトーヴェの出会いの喜びと死であり明から暗へ。第3部は亡霊となったヴァルデマールと家臣たちの荒々しい狩から、朝の到来へ至る暗から明へ。明暗の推移が、第1部、第3部には存在する。
また、最初に、「日没」を描く前奏曲を置き、最後の混声大合唱に「太陽を見よ!」という一種の「太陽讃歌」を歌わせることで、この物語詩が日没から日の出までの間に収められていることを、音楽的に強調している。
この本には、書かれていないが、日没に始まり日の出に終わるという点で、シンメトリックな構成ともとれる。

第1部の構成は、前奏曲、原詩から最初の9篇の詩、トーヴェの死を伝える詩を、メゾ・ソプラノ<山鳩の歌>とし、その直前に管弦楽による間奏曲を置いた。

第1部で注目されるのは、冒頭日没を描く管弦楽前奏曲。冒頭フルートトピック路が吹く分散和音が、「揺らぐ光」の動機、トランペット、ついでホルンが静かに吹く下降旋律が「日没」の動機。いずれも付加6度を伴った主和音で構成され重なって登場するので、「太陽」の動機とも言える。最終合唱は、ハ長調であるが、「太陽」の動機が、付加6度を伴った主和音で奏でられるが、「日没」は、逆に木管楽器軍、ハープ、弦楽器による上昇旋律の「日の出」の動機として登場する。「日没」から「日の出」に至る<<グレの歌>>の枠組みが「太陽」の主題とその変容で強調されている。
前奏曲は付加6度を伴った主和音の変ホ長調で作られている「太陽」の動機が支配するが、ベルクが指摘するようにこの和音は、変ホ長調のⅡ度の7の和音とも解されるわけで、結局、変ホ長調主和音の基本形の響きは保留される。
その基本形がそのままの形で登場するのは、ヴァルデマールの最初の歌「いま黄昏が訪れて」の最後の節が入るところである。このことは、この前奏曲が<<グレの歌>.全体の導入であると同時に、夜の到来を歌うヴァルデマールの第1の歌と一体になっているものであることを明らかにしている。

この前奏曲と最初の歌の一体化は、のちのドイツ・オペラが前奏曲ではなく、プロローグへの変容につながっているとみるべきかもしれない。

夜の第3曲と第4曲は、ヴァルデマールとトーヴェとの歌の交換であるが、ヴァルデマールが「フォルマーはトーヴェの姿を見たのだ!」と歌うところの旋律は、「愛の動機(主題)」と呼べるものであり、この動機は、全体を通して頻繁に登場することから、最も重要なテーマが「愛」であることが伺われる。
愛の語らいのピークは、第7曲から8曲。
その後訪れる管弦楽による間奏は2人のエクスタシーを表現する。そのクライマックスは、トーヴェの8曲目の「黄金の杯での乾杯」による死を求める音楽。
最後のトーヴェの死を音楽的に描写するのはファゴットによる「王妃へレヴィヒ」の主題が登場する。」この間奏曲は、第一部の展開部。これまで登場してきた動機が極めてポリフォニックに絡み合う。
第1部最後の<山鳩の歌>は、「トリスタン和音」の静かな伴奏で始まる。
ヴァルデマールが狂気に陥ったこと、トーヴェの棺は夜の間に彼によって運ばれたことが明らかになる。
「彼女を見いだせない」の背景に、「日没」の動機と関連する「ヴァルデマールの苦悩」の動機が初めて現れる。
「へレヴィヒの飼う鷹が残酷にも、グレの鳩を八つ裂きにした」がクライマックスになるが、跳躍を伴った「へレヴィヒの主題」が金管によって特別に競争される。
第2部の神への冒涜的挑発は、後の「月に憑かれたピエロ」、「モーゼとアーロン」、その後の展開を見ることができる。ここから、「愛」「苦悩」『変容』といったロマンティックな構想の枠を超えていく。
第3部 50分にわたる12声部の男声合唱の異様さは、「ヴォツェック」に近接する。男声合唱の指揮者の経験がこの発想の背景にはあるようだ。
メードリンクの合唱団の夜更けのパーティの後、霧の立ち込めた森を上って、アンニンガー山の頂上で、日の出を臨んだ時の印象によって、<<グレの歌>>の結尾の「日の出の音楽」の素晴らしい合唱の導入の素晴らしい響きを思いつくに至ったとシュトゥッケンシュミットは伝えている(シュトゥッケンシュミット前褐書)
宮廷は、の道化師クラウスが歌うスケルツォ・ブルレスカは<<月に憑かれたピエロ>>の雰囲気を伝える。
最後に、管弦楽の伴奏で序奏「夏風の荒々しい狩」へと推移。はじめ、第1部で現れた「騎行」の動機が反行形で現れ、第3部冒頭で聴こえた不気味な風の音もある。それが、ニ短調ホ長調ハ長調へと転じてゆく。
この歌は、付加6度音が、とりわけモダンに響く。
PS.8.13アンニンガー山とは、メードリンクにあるアンニンガー通りを上っていくと、フェーレンベルゲという山地のこの通りにおけるピークを指していると思われる。メードリンクは、ベルリンからヴィーンに戻ってきてからシェーンベルクが暮らした家がある場所。なお、室内交響曲第1番は、現ドイツ連邦 バイエルン州テーゲルン湖畔の町ロットアッハ=エーガーン(エゲルン)であることが判明。これらを聴くと、誰よりもシェーンベルクは、調性音楽の良さを知っていると考えざるを得ない