思索の記録 2010.2.7

思索したことを綴る姿勢は変わらじ。おそらくこれからも、文章力UPも兼ねて毎日綴りたり。ただ、ここで一旦充電期間に入る。すべてのことに更なる飛躍のために充電する必要があるように思えてきたのだ。


昼前に起床。仕事へ赴く。その間に調べることができなかったことが惜しい。そして終え、近くの書店で「音と言葉」の文庫が見つからなかった。やはり都心部に赴く必要がある先輩方と唱題をあげる。2日前の出来事を報告。進路については、具体化を急ぐ必要があることを再確認しつつ別れる。ミルトン・バビットの曲に触れる。その中で、ヴェーベルン以降、ブーレーズ、ミルトン・バビットがぶつかった。「線的なセリー使用に伴う、聴覚的な音程の矛盾」を乗り越えた松平頼暁の存在を知る。「全く偶発的に密度が選ばれているにも関らず、音響内は常に運動する」書式である、「ピッチ・インターヴァル技法」を開拓。1000を越える総音程音列の中から、数オクターブに音高を跨らせた任意の一つを選び、リズム、コード、アタック等の諸パラメータを全て乱数表で決定するものであり、そこには、ミニマル音楽や、ジョン・ケージが開拓した偶然性の影響なども垣間見える。前衛音楽の超克を見るかのような理論だ。袋小路を乗り越える考えを生んだのが日本人であることに驚くと同時に、CDで聴きたい。それが確立された時期の曲はYoutubeでは聴けないのだ。ミルトン・バビットの曲は、最晩年のヴェーベルンの構築性に、無調時代初期の色彩感を取り入れたような響きに今は聞こえてくる。それゆえに、鬱屈を聴く度に感じていたのだろう。やはり、耳の変化を良い意味で感じる。また手に入れるものが増えるが、究極に近づくならそれもまたいいことだ。

忙しい中でこそ、学び抜け!!



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