Bruckner Symphonie NR.1 c-moll WAB101

以外にもアンチ・ヴァーグナーとして知られていた当時の音楽評論家ハンスリックが、ブルックナーに対して高く評価した作品の一つである。なお交響曲では唯一である。その後は、すべて酷評している。最も、第8番の成功は、認めていた節がある。
彼がブルックナーで高く評価したのは、オルガンの即興演奏、そして、ブルックナーリンツ時代に作曲したミサ曲第3番 ヘ短調を高く評価している。また、リンツにいた頃に、ウィーンに活動の拠点を移すよう勧めた一人でもある。
その後、ブルックナーウィーン大学でのポストを求めるのにハンスリックが再三反対したり、ハンスリックがブルックナーに自分の親戚の女性との結婚を勧めたのに拒否されたりといった出来事が起こる。
そして、ハンスリックが、本格的に酷評を始めたのは、1873年リヒャルト・ワーグナーと会見する機会を得た。この際に交響曲第3番ニ短調を献呈しワーグナーの好意を得、ヴァーグナー協会に入会したことで決定的となる。実際のところ、ヴァーグナーから影響を受けていく中で、ハンスリックにとって受け入れがたいものになっていたのだろう。

頷かせるエピソードがある。

(前略)弦楽五重奏曲を聴いてハンスリックはこう書いている。『この世で最も柔和で穏やかである人物が―それにもうけっして若くはないのに―作曲するときになると(中略)なにもかも冷酷無残に投げ捨ててしまうアナーキストに変貌するというのは、心理学上の謎である』(中略)また、ハンスリックは第七交響曲が外国で好評を得ていることに対して『わたしは率直に言って、ブルックナー交響曲に正当な判断をくだすことはできない。この音楽に対してわたしは反撥しか感じない。不自然におおげさで、病的で、破滅的であるとしか思えない」と言っている。
ウィーンの批評家たちはけっして無理解だったわけではない。むしろブルックナーの音楽の危険な本質を見抜いていたのである。(後略)」
【神品芳夫「ブルックナー、その不穏なるもの」(『音楽の手帳 ブルックナー』(青土社)84〜85ページ)】

さて、ブルックナー交響曲第1番。
自称アンチ・ブルックナーという人でもファンが多い。
アンチ・ヴァーグナーで、このポジションに入るのは、「ロー円グリーン」、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、次いで「タンホイザー」辺りだろうか。

第3楽章のスケルツォは、もの凄く野暮ったい。最晩年の第9番は、これに表現主義的な和音と、原始主義的なオーケストレーションを施したような感じとも言えそう。ただ、第9番と異なり、民族舞踊色があまりにも色濃い。
冒頭、フィナーレの豪快な金管の鳴りぶりを聴いていると、ブルックナーは晩年、この曲を「生意気な浮浪児」「生意気娘」と呼んだ理由も分かる気がする。チャイコフスキーに作曲のアドバイスを贈ったこともありゲイ友達だったともされている、チャイコフスキーの弟子ことセルゲイ・タネ―エフの金管の咆哮とベクトルが近い印象。なお、ブルックナーとセルゲイ・タネーエフはともに、「対位法の魔術師」という異名を持ち、旋律の対斜において、J.S.バッハ以降では屈指の実力者、同じような対斜をやってのけたは、コルンゴルト、カルロ・ジャズアルド、佐村河内守以外、私は知らない。

各楽章の説明

第1楽章
Allegro(アレグロ
ハ短調、4分の4拍子。ソナタ形式。低弦に刻まれた行進曲風のリズムの上に第1ヴァイオリンが男性的な第1主題を奏してゆく。ここはブルックナー習作期の作品「行進曲ニ短調」を彷彿させる。またその後のホルンの合いの手は、やはり習作期の「序曲ト短調」に似ている。第1主題を確保した後、木管による経過を経て第1ヴァイオリンに変ホ長調の第2主題が現れ、第2ヴァイオリンも絡む、チェロとホルン、クラリネットへ受け継がれ、強烈な経過部が来る。その頂点で「全力をもって、速度をいくらかおそくして」と指定された第3主題がトロンボーンで提示される。これが落ち着いていき、その断片が木管へ受け継がれると、気分が一時鎮まり提示部が終わる。そのまま再び強烈になって管が第3主題を繰り替えるところからが展開部。フルート、ヴィオラへ移り、速度を落とすとクラリネットが力を弱めて第1主題を奏でる。力を強め、弦とともにクライマックスを形成するがまた力が弱まる。こうして何度も盛り上がったり鎮まったりするうちに再現部が来る。第1主題が第1ヴァイオリンで再現され、経過句はなく続いて第2主題が再現される。経過部はさらに劇的になり、第3主題もかなり変形して再現されており、この楽章のクライマックスを形成していく。フルートに第1主題の断片が出るとコーダとなり、第1主題を扱いながら情熱的に曲を閉じる。

第2楽章
Adagio(アダージョ
変イ長調、4分の4拍子。このころのブルックナーがよく用いたA-B-C-A-Bの3部形式である。低弦音から始まる主要主題は叙情性に富む穏やかなもので、ホルンが加わり、弦によって対位法的に進行する。3本のフルートによる経過句の後、ヴィオラアルペジオに導かれて副主題が第1,2ヴァイオリンにより変ロ長調で奏でられる。副主題を簡単に扱った後、曲は中間部へ入る。中間部はAndante 変ホ長調 3/4拍子で第1ヴァイオリンにより中間主題が愛らしく出る。この主題を変奏的に取り扱う。その後、主部の再現となり、主要主題がヴァイオリンの細かい動きの中で低弦によって再現される。副主題はクラリネットファゴットにより再現され、ヴァイオリンも加わる。力を徐々に増していき、コーダでは頂点で金管が荘厳に響き、弦に副主題が現れる。まもなく力を落とし、消え入るように曲が終わる。
この楽章のみ、フルートが3本使われる。3本のフルートで作られる和音がちりばめられる。このほか、ファゴットに「旋律らしい旋律」が現れるのが、他の交響曲では見られない特徴である(概して彼の交響曲では、ファゴットは短く経過的な旋律を奏する役目が多い)。これには初稿が2種類あり、それぞれ完成されていないが、最初の部分が切れた時点で次の稿が作られていて上手く接続されていない。

第3章
Scherzo. Schnell(スケルツォ。急速に。)
ト短調、3分の4拍子。3部形式。同じ調・拍子であるモーツァルト交響曲第40番の第3楽章や、シューベルト交響曲第5番の第3楽章に類似してると指摘される。粗野で原始的なスケルツォである。トリオはト長調で速度を落とし、ヴァイオリンのスタッカートの動きを伴ってホルンにより主題が出る。「ウィーン版」は完全にダ・カーポしないで曲の途中からスケルツォが再起する。これにも全楽章完成されなかった全く違ったスケルツォの初稿がある。コーダはスケルツォの素材に基づく力強いものである。

第4章
Finale. Bewegt feurig(終曲。快速に、火のように。)
ハ短調、4分の4拍子。ソナタ形式。16分音符を用いた細かい動きが多用される他、金管楽器ティンパニも重要な活躍を見せる楽章である。極めて速い音楽であるが、「ウィーン版」はオーケストレーションアーティキュレーションなどが相当書き換えられている。「運動的に、火のように」と指定され、冒頭から激烈な性格の第1主題がいきなり提示されて始まる。確保されたのちに、第1ヴァイオリンとチェロに第2主題が変ホ長調で提示される。木管へ受け継がれた後、ハ短調へ戻り、弦に第1主題の動機が戻り。コラール風の第3主題が現れる。フェルマータで跡切れると、経過風の部分が続いて展開部へ入る。展開部は前半は第1主題を、後半は第2主題を中心に扱う大規模なものである。再現部の第1主題は変形されており、提示部のように確保されることもない。第1ヴァイオリンによる第2主題がハ長調で続くが、より対位法的に短縮されている、第3主題もハ長調で変形されて再現され、高揚が鎮まると曲はコーダへ入る。管は第1主題の動機を扱い。弦は急速に活動し、激烈に盛り上がって頂点をつくり、ハ長調で全曲を締めくくる。

交響曲第1番 (ブルックナー) - Wikipedia