数学理論を用いた音楽、そして日本の声明


作曲家のMilton Babbitt(ミルトン・バビット)について調べていました。
音楽は、明快な概念世界のようです。
サウンドは、きわめて論理的まではよいとして、響きは、やはり古典派などの方が美しいです。

十二音技法を彼なりに拡張したセリー技法を発明したことが名高く、トータル・セリエリズムの生みの親といわれる。

バビット最大の発明である素材を全て比率で制御する「セリー技法」は、なぜかアメリカでは開花せず、ヨーロッパで開花した。その後バビットは「ピッチ・クラス・セット理論」を開発して、12音列の過度な組織化に向かう。

彼はこの後もピアノのための「ポスト・パーティションズ」やオーケストラのための「レラータI」などで極端に複雑な「タイムポイントテクニック」を駆使した作曲を試みるが、演奏の困難さを理由にRCAシンセサイザーによる作曲に移行した。

【ミルトン・バビット - Wikipedia

「ピッチ・クラス・セット理論」を用いて、作曲家の音高などを、駆使して、その作曲家とにた楽曲を作ることが可能になるようですね。そうした解析は、人が苦手とする作業のため、コンピュータにさせるようです。

集合論・確率論を駆使した曲も手がけているようです。

ミルトン・バビットが築き上げた手法の中に、ピッチ・クラス(ある所定の音高がゼロまたは整数オクターヴに移高されたもの、という条件を得る、ピッチすべての集合体)があります。

その中に、組み合わせ可能性というものがあるようです。

 いかなるピッチクラスの集合も、各ピッチクラス間の可能なかぎりの組み合わせが生む、インターヴァル・クラスによって測定されるとすれば、あるインターヴァル・クラスあるいは、その補間音程によって移高された場合、この新しい集合とその集合に共通するピッチ・クラスの場合は、移高のインターヴァル・クラスの下のインターヴァル・クラスの集合の音程の間に得られる強さは、等しくなる。

【ニューグローヴ音楽大事典】より、抜粋

セット・コンプレクス:一定の音列配列を持つピッチの順不同な集合

【ニューグローヴ音楽大事典】より、抜粋

ヨーゼフ・シリンガー(ジョセフ・シリンガーとも)が「シリンガーの体系」で、西洋の音楽理論を数学的に体系化した書物を上梓し、後世にパラメータの分析と総合で影響を得たようです。「合成リズム」コンテクストにおけるあらゆるリズム現象の統合など、おもしろい考察をされたようで、アメリカの音楽アカデニミズムに多大な影響を与えたようです。その系統に、ミルトン・バビットがいます。

日本と、インドの声明を聴きました。インドの声明について。どうやら詠唱は、ヴェーダに原型があるようです。リグ・ヴェーダ、サーマ・ヴェーダガンダルヴァヴェーダに原型があるということで、ガンダルヴァヴェーダのラーガのCDを買う意味がほぼ消えました。その派生ゆえ、身体に与える影響は、同じベクトルであると、推察されるからです。インド仏教の舞踊音楽も聴きましたが、使っている打楽器の響きがチベット声明にとても近いです。天台声明は、チベット声明との違いもあるものの、基本は同じでした。仏教讃歌は、パレウトリーナ、J.S.バッハベートーヴェンブルックナールネサンスバロック、古典派、ロマン派の最たる様式の宗教音楽に触れてきた私としては、言葉を仏教に置き換えただけで、どういったサウンドか、基本的には見えているわけです。現代音楽の場合にしても、黛敏郎等を聴いているために、サウンドが聴いていない曲にしても大体見えているわけです。そろそろ、大方制覇ですね。



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