古代ギリシャ音楽

エキゾチックな楽器の音色や響き、中東からインドに至る(一部中央アジア)の古典音楽にも似た響きに聴こえるのです。

ピュタゴラスは音楽と数学は宇宙の秩序に通じると考え、正律音調を発見した。また竪琴をひいて精神を病む人に聞かせたといい、音楽療法の元祖とも考えられる。プラトンは『国家』3巻において、混合リディア調や高音リディア調は悲しみを帯びており、イオニア調やリュディア調は柔弱だったり、酒宴にふさわしく、ドリス調とプリュギア調は戦士にふさわしい、などと論じている。

古代西洋音楽 - Wikipoedia

音楽と哲学の違い

ピュタゴラスと彼の弟子たちは、宇宙の調和についての知識の根本として"天球の音楽"(music of the spheres)を研究した。どのようにして弦が空気を震わすのか、どのようにして倍音が奏でられるか、ある倍音と他の倍音の数学的関係はどうのようなものか…などである。

注意しなければならないのは、これらのギリシア人によってなされた研究が、実際に演奏される音楽を作り出すための厳密な形式についてというよりは、どのように宇宙が構成され、その宇宙をどのようにわれわれは知覚できるかという数学的、哲学的記述であるということである。"天球の音楽"としてピュタゴラスたちが研究したのは、星、太陽、惑星、そして調和の下に波打つすべてのものであった。



どのような音楽であったか

なんでもいいから心地よい音楽を演奏する、ということはプラトンの時代に確立した「様式のエートス(=音楽の道徳論→音楽には道徳的な側面があり、人間の精神はこれに左右されるという考え)」を冒涜するものだった。これはつまり当時のギリシア人が様々な音階様式にたいして感情的で、超自然的な特徴を見出し、それらに関係した複雑な音楽体系をつくりあげていた、ということを示している。古代ギリシア各地の部族、民族の名前から派生した様々な音階名(モード)はぞれぞれの民族の気質、精神性をあらわしている。例えばドーリア音階は荒々しく、フリギア音階は官能的…などである。プラトンは別の場所で様々な音階、例えばドーリア式、フリギア式(Phrygian mode)、リディア式(Lydian mode)などの様式の適切な使用法について述べている。しかし私たち現代人にとって短調は悲しげ、長調が楽しげであるというような単純な区別を除けば、プラトンの音楽に対する考えは理解しにくい。ある音階のある音の並び方が「自然に」特定の感情、個性、人格に対応するなどということについての決定的な証拠はない。


古代ギリシャの音楽 - Wikipedia

ギリシャ人の音楽に対して「良い音楽は人間の徳性を養ううえで不可欠」と、考えていたようですね。


10世紀以降の西洋音楽の特色である和声や対位法の観念はなく、すべて単旋律であったことも関係しているでしょうか。パレストリーナ様式の曲やモーツァルトベートーヴェン交響曲のような均整の取れた響きをイメージするとギャップに驚かれるのでは、と思います。


それでいて、現代にいたる音楽理論の基本的な問題はほとんどすべてが、すでにこの時代に論じつくされているというのですから、驚きですね。ヨーロッパ以外では、特異な理論発展を遂げたインドの古典音楽に、ますます興味が湧いてきました。理由は、古代ギリシャ音楽の響きがインドの古典音楽の響きに似ているように感じたからです。



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